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夏までもたない

実習でお世話した森のくまさんが訪ねてきました、2nd。
「あら~お久しぶり!頑張ってる?」
『あ、はい。頑張ってます』

・・・ヨシヨシ!クマ吉の時と違って大丈夫そうだな・・・
(クマ吉に関しては5/12の記事をご参照ください)

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『でも、夏まではもたないかもしれません』
えっ!?・・・夏まで、もたない・・・とは???

★  ★  ★

彼女(クマ恵)は外科病棟に就職した森のくまさんです。
実習の時、外科病棟は厳しかったけれど、一番学べたという思いがあり
あえて厳しさを覚悟で、外科病棟に就職しました。
その志と根性は天晴れです!

「今日はココに何しにきたの?」
『あ、調べモノしようと思ってきたんです。課題が出ていて・・・』
「そうなんだ。すごい熱心だね」
『いや~調べても調べても調べきれないですよぉ』
「頑張ってるじゃない。どうよ。病棟大変?プリは怖い(笑)?」
『病棟はやっぱりすごい忙しいです。プリは・・・すっごい怖いです!』
「何?そんなに怖い人に当たっちゃったんだ」
『突っこまれまくりです。毎日泣いてます。昨日も泣きましたよ~』
「そっか~。そりゃあ大変だ。辛いねぇ・・・」
『なんか、怒られてばっかりで。それでも先月までは頑張ってたんです。
でも家に帰って泣くことが増えて、休みの日もベッドから動けなくて
天井を見ながら涙が溢れてきて、そのまま天井をジッと見てて・・・』
「何それ!ヤバイじゃない!ココロが非常事態宣言じゃないの」
『ですよね。自分でもなんか集中力も散漫な感じで・・・マズイなって』

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・・・それはヤバイですよね。ココロの悲鳴でしょう。
クマ恵さんは課題を調べにきたと言っていたんですが
邪魔して、あえていろいろ聞いてみました。

「だから”夏まではもたないかもしれない”ってわけだ」
『・・・はい。頑張りたいとは思っているんですけど・・・辛いです』
「そっか。それはプリのせいなのかしら?」
『すごくできる人なんですよ。だからいっぱい突っこまれる』
「突っこまれるのが辛いの?そんなに怖い言い方されちゃうの?」
『言い方は全然怖くないです。でも厳しいんですよ』
「厳しい?わけもわからず怒られちゃうとか?」
『いや、一回聞いたことをもう一回聞いたりすると
”それ、この間言ったけど忘れたの?”とか”分からない薬は使うな”とか』
「そうか。きっちりしている人なんだね」
『はい。この間も調べていかなくちゃいけない検査がたくさんあって
1つだけ調べられなかったんですけど、”なんで調べてこないの”って』

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・・・いや、それ、当たり前のことじゃないかな?
そう思ったのですが、森のくまさんにとっては、きっと当たり前ではないのでしょう。
ましてや心が非常事態宣言のクマ恵にしてみれば
もうそれを当たり前だと判断できる余裕がないのかもしれません。
グッとこらえて、お話を聞き続けてみました。

「そうか。プリはきっとすごくできる人だから、求めるものが大きいんだね。
クマ恵ならやれるって思うから、余計いろいろ言うのかもね」
『もう1人の同期の子は日勤で18時くらいになると帰るんですよ。
でも私は、いろいろ調べたり先輩のダブルチェックを手伝ったりしていて
結局、昨日だって帰ったのが21時だったんです』
「21時か。そりゃ次の日が日勤だったら何もできないね」
『なんか、もう1人の子は一度辞めたいって言ったことがあって
それがあってから、受け持ち患者数も少ないし、早く帰れるし・・・』
「そういうことがあったんだ。で、自分は課題は多いし帰れないしで
なんで私だけこんなに辛いんだろう・・・と?」
『はい。このままでやっていけるんだろうか・・・って』

ほら。出てきました。夏までもたない理由の端っこ。
よく聞いていくと、その人の思いがちゃんとで頭を出します。
でも、ちょっと待ってくださいな。なんか理由がアレレ?って思いませんか?
何が「夏までもたない原因なのか」が、たぶんクマ恵も明確でないのです。
これです。これが負のスパイラル思考なんですよ。
自分で気がつかないうちに嵌ってしまうスパイラルなんです。
ただ、漠然と「辛いから夏までもたない」と思っているんです。

「じゃあそんな忙しい辛い外科は辞めてローテーション希望だしたら?」
『でも、外科は好きなんです。せっかく希望で入ったし』
「じゃあプリを何とかしてもらえば?プリが変わればいいんじゃない?」
『でもすごく教えてくれる人で、最近は私の不安そうな顔をみると
”とりあえずコレだけはやってきなよ”とか範囲を限定してくれるんです』
「でもその人に言われるたびに泣くのも辛いでしょ?」
『・・・・・・』
「なんの涙なの?」
『悔し涙です。90%は悔し涙。あとの10%は悲しい涙だと思います』
「なんで悔しいの?」
『できないから。いっぱい教えてくれているのにできない、追いつけない。
先輩にダメだって思われちゃってるんじゃないかって。
呆れられちゃってるんじゃないかって思ったら、悲しくて』

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ほら・・・本当の理由が出てきました。
クマ恵はとっても頑張り屋さんなのです。
だから、先輩が教えてくれる心意気に答えたい。
でも思ったように答えることが、現状ではできていないのでしょう。
だから頑張っているけど辛い、夏までもたない・・・という言葉になる。
病棟が忙しくて、プリが怖いから夏までもたないのではなく
プリの期待に答えられない・・・このままじゃ呆れられちゃうかも・・・
このままじゃダメだ・・・このままじゃ・・・夏までもたない・・・なわけですね。

「じゃあ、クマ恵の同僚と同じように、甘やかしてもらったら?
そうしたらクマ恵が望むような状況になるのかしら?」
『・・・・・・』
「現時点では辛いよね。でも1年後の自分を考えてごらん。
甘やかされて早く帰る同僚と、バシバシ言われて勉強して頑張ったクマ恵と
1年後にたどり着くところは同じかしら?私は違うと思う。
その差は今、とてもじゃないけど見ることができない。
でも1年後を考えてみたら、どうなのかしらね?
プリだって怖いだけじゃない。厳しいくらい教えてくれる人なんでしょ?
それだけ期待してくれてるんじゃないのかな?
クマ恵のこと、呆れてどうでもいいと思っているのなら
私だったらそんなふうには関わらない。教えない。自分でやる。
そのほうが早いし正確だし、ミスだって少ないと思うから。

でもね・・・そう思っても、やっぱり辛いと思う。
だから自分がつぶれちゃうくらい辛いって思うのなら
その気持ちをプリに話すなり、誰かに話すなりしてごらん。
先輩の期待に答えられない自分が辛いですって言ってごらん。
勉強しているのに追いつかない自分が悔しいですって言ってごらん。
それでも何も変わらなかったら、またココへおいで。
私は1年後のクマ恵が楽しみだよ」

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正味1時間。クマ恵、せっかく課題を調べにきたのに、ごめんね~。
課題できずに、また明日怒られるんじゃないかと謝ったら
クマ恵は、話せてよかったと言ってくれました。
ほら。こっちは何もしなくても、話を聞くだけで自力で立ち直る。
ちゃんとそういう力を持ってるんです。
頭の中が整理されると、ちゃんと行くべき方向が見えてくる。
その頭の整理のためにも、誰かに話すって大事なんです。

夏までもたない・・・その気持ちはどこまでどうなったかは不明ですが
何かクマ恵なりの突破口が開けるといいなぁ・・・と思いつつ。

まだまだ夜勤を乗り越えて、独り立ちしていくまで
森のくまさん達は大変な時期が続きますね。
でも、その辛さも糧なんだよ。

・・・そんなこと言いましても、当事者はそうは思えないですよね。
渦中にいる時は、そんな風に考える余裕がありません。
私だって「できない!辞めたい!やってらんない!」を連発してました。
みんな、みんな、怖いプリだってみんな、通った道なのです。
そう考えると、少し、ラク・・・にはなりませんね(笑)

でも1年後・・・自分はどうなっているだろうって思うことは
決して無駄ではないと思うんです。ね、クマ恵!

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希望を食べて生きる

外科を受診に来たKさんが
「マーカーが下がったの!嬉しい!このままきっと下がるわね!」
といって血液検査の結果をみせてくださいました。
Kさんはとてもとても嬉しそうです。
検査結果を見るとCEAとAFPがわずかに下降していました。

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Kさんは肝臓がんの再発患者さんです。
手術をし、抗がん剤治療を乗り越えたのですが再発してしまいました。
現在抗がん剤治療中であり、抗がん剤をやればがんは治ると思っています。
しかし、そんな期待とは裏腹に、CT上、腫瘍は増大しており、
PD(Progressive Disease)の状態でした。
(要はがんが縮小せず、増大一辺倒という感じなのです)

Kさんは今日、血液検査と一緒にとったCT検査の結果を聞きに来ました。
私との会話の時点で、CTの結果をまだ知りません。
医療者側の見解としては、腫瘍マーカーの下降は一時的なものに過ぎず
しかも下降といっても、ちょっとした測定誤差に近い下降だったため
次回の血液検査では上昇するだろうことが99%以上の確率で確実視できます。
CT結果を知った後のKさんの落胆する様子が目に浮かびます。

目の前で喜んでいるKさんを前に「そうですね」といったものの
なんだかすごい複雑な気分で、心底喜べない自分がいました。

CT検査の結果をきいたKさんは、案の上、落胆していました。
私はなんだかいたたまれなくて、すごく申し訳ない気持ちになってしまいました。

★ ★ ★

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知っていたのに、嘘をついた。だました。ぬか喜びさせた。
・・・自分の中にはそんな気持ちが渦巻きました。

でももし、本当に自分もCTの検査結果を知らなかったとしたら
Kさんのマーカーの下降の話を聞いた時に素直に喜べたと思うのです。
そしてCT検査の結果を知った時には、患者さんと一緒に落胆しただろうと思うのです。

知っているのに、知らないふりをして喜ぶことはいけないことでしょうか。
患者さんのためにはどうしたらよかったのでしょうか。

後日、Kさんと、その日のことを話す機会がありました。

「Kさん、私、CTの説明の時、検査の結果をもう知っていたんです。
でも、Kさんは嬉しそうだし、自分は結果を知っているしで
なんだかうまく喜べなかったんです。ごめんなさい」

『やっぱりね。なんかそんな気がしたのよ。
だって、いつもなら一緒にやった~!って言ってくれるハズなのに
なんだか腰が引けてるっていうか、おかしいなって思ったのよ』

・・・スルドイっ!患者さんってスルドイ!

「私、嘘ついてるなって思って。ああいう時はどうしたらよかったんでしょうかね」

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・・・するとKさんは言いました。
『一緒に喜んでくれたらよかったのよ。だって私は喜んでたんだもの。
結果を知っていたとしても、私はまだそれを知らないわけでしょ?
一緒によかったって喜んでくれる人がいてくれることが一番なのよ。
こっちが喜んでいるのに、看護師さんが喜んでくれなかったら
なんで?って思っちゃうじゃない。余計に不安になっちゃうわよ。
あの瞬間、私は結果を知らなかった。それが事実なのよ』

『もしかしたら「知ってたのに言ってくれなかった」って思うかもしれない。
でも、それは1つの結果の形であって、そう思わないかもしれないでしょ?
そんな先のことを気にするより、あの瞬間を一緒に喜んでくれることのほうが大事。
それが次の瞬間、潰えてしまう希望であっても、希望は希望だもの。
希望がなくなったら人は生きてはいけないわ。
小さな喜びが希望になって、私の中でその希望の面積が増えるほうが幸せなの』

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・・・そうか。でも希望が大きいと、落胆も大きくなってしまうんじゃないのかな。

『確かにそうかも知れないわね・・・でも、だからといって期待しないで
希望を持たないで、鬱々と過ごすほうが幸せかしら?
まあ、それは人によるかもしれないわね。
少なくとも私は、希望の面積を増やしていきたいと思うのよ』

★  ★  ★

患者さんの言葉というのは、どうしてあんなに力があるのでしょうか?
患者さんは本当にいろいろなことを教えてくれます。
なんでしょうか・・・人生哲学?
患者さんに聞いてしまう自分もどうよ!と思うのですが
Kさんはとても静かに自分の気持ちを話してくださいました。

希望の面積を増やしていきたい・・・
希望を食べて生きている・・・人間ってそんな存在なのかなと思いました。
キルケゴールが「死に至る病とは絶望である」と述べていますが
まさに・・・その通りなのかもしれません。
希望がなくなって絶望したら、人は死に至るのかもしれません。
たとえ生物学的な命があったとしても、人間としての生は尽きるのかも・・・。

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希望の「希」の字には、まれとかめったにないとか少ないという意味があるので
希望なんていうと、なんだか仰々しい大きな望みみたいに感じますが
同様に「希」の字には、うすいとかかすかという意味があるので
本当に些細なちょっとした望み、いつもは当たり前だと思っているような望みを
人間は毎日パクパク食べて生きているのかな・・・などと
ちょっと哲学チックに考えてみる今日この頃でした。

ブログのちから

ブログって何のために書いているんでしょうか?
自己表現?自己満足?自己納得?
他者に伝えたいことがあるから?

いずれにせよ、自分から発信し続けるのって大変ですよね。

私の身内は”某病気ブログ”を書いています。
彼女は、ブログを書いて最後に本にすることを目的にしています。
あとは、自分の気持ちの整理?自分の軌跡?
はっきりと目的を聞いたことが無いので断定はできませんが。

そんな彼女のブログに、一通のメールが届きました。

『貴方のブログを見て、一歩踏み出すことを決意しました。
私は貴方と同じような状況に陥り、同じような悩みを抱えています。
でも貴方のブログを読んでいたら、一歩踏み出す勇気がでました。
まずはメールを出すことが、一歩踏み出すための勇気の証です。
またブログにお邪魔します。ありがとうございました』
(メールの本文を出すわけにはいきませんので。こんな感じの内容でした)

メールをもらった彼女は
「ねぇ!見て見て!私のブログが人の役に立ってる!すごい!」
と興奮した様子で、私に伝えてきてくれました。
その時の彼女の嬉しそうな顔を見ていたら、こっちまで嬉しくなりました。

その素敵なメール主さんへ、私から勝手に返信を・・・。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~匿名希望のメールの主さんへ~

むしろ私は貴方に感謝を伝えたいです。
彼女にメールを出してくれてありがとう。
貴方の勇気をふりしぼったメールが
彼女をどれだけ励まし、そして勇気づけたことか。
どれだけ彼女を支え、どれだけの喜びを与えたことか。

貴方は彼女に癒されたかもしれませんが
同時に彼女は貴方によって癒されました。

私は貴方にこそ、ありがとうを言いたいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人の言葉が人を救い、人の言葉によって人が癒される。
そう考えると、ブログってすごいですね。
そうやって何人もの人がその恩恵を受け
今日もブログを書いているのかもしれませんね。

このブログにコメントや拍手を下さる皆様、本当に有難うございます。
そしてわざわざ足を運んでくださる皆様、本当に有難うございます。
この場をお借りして、感謝の念をお伝えしたいと思います。多謝多謝(嬉)

重症集中系の悩み

「患者さんを看る」
看護師にとって、ごく当たり前のことです。
ちょっと待ってください。本当に当たり前・・・ですか?

★  ★  ★

「救命の時って患者さんをどうやって看てた?」

ICU勤務1年目のHさんからの突然の質問です。
Hさんはもともと外科病棟で私と働いていたナースさん。
だから経験年数は私と一緒の中堅ナースさんです。

「最近さ、私、患者さん看てるんだよね?って疑問に思うことがある。
私は患者を第一に考えて、患者を看ているはずなんだよ。でもね
目の前に患者さんがいるのに、患者ではなくモニターを見るようになる。
患者さんの傍にいってもポンプやルートに先に目がいくようになる。
患者さんの脈をとらずに、心電図モニターの値を信じるようになる。
患者さんに処置の時、声はかけても、本当に話しかけようとしなくなる。
挙句の果てに、このベッドサイド状況が”当たり前”の光景になる。
患者を看るということが、なんだかおかしなことになっていく」

darkicu.gif

Hさんはさらに言いました。

「吸引する時の心電図変化が心配だからといってモニターを凝視する。
患者さんの表情を見ているようで、吸引する部位とモニターばかり見てる。
患者にモニターが向いていて、見えるようになっていても気にならない人がいる。
患者さんは自分のモニタリングを見てどんな気持ちになると思う?
アラームが鳴った時、それを消すのはいいけれど、患者さんに
何も説明せずに立ち去る人がいる。患者さんは心配になるよね?」

「2時間毎に当たり前のように患者さん達を体位変換していく人がいる。
もう転がしてるって感じなんだよね。もちろん技術は正確だけど。
看護師はみんなマスクをしていて表情がよくわからない。
淡々と動いている看護師をアンドロイドみたいに感じる時がある。
もちろんICUは重症患者が多い。だから仕方がない状況もたくさんある。
ICUで求められる看護は敏速さと正確さが優位なのかもしれない。
でも患者さんに接している、患者さんを看ているという感覚が狂ったら
いくら高度な専門的知識をもって患者に接しても看護じゃないと思う」

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「・・・私にはICU看護は、向いていないかもしれない」

★  ★  ★

ああ・・・なんか分かるなぁ・・・その気持ち。
機械に目がいってしまう気持ち。
ついついモニタリングに頼ってしまう気持ち。
こちらが「ケアしやすいように」を優先する気持ち。
機械が並ぶベッドサイドの光景が当たり前になっていく気持ち。

その疑問にはじめから気づけるHさんは、私から言わせれば素晴しい。
だって私は3年目くらいになるまで、そんなことを考えもしなった。
必死だったせいもあるけれど、自分の手の中で自分の思うように
仕事が進んでいくことが楽しくて、それが素晴しいと思ってた。
患者さんのことを考えているようで、実は自分の効率性しか考えていなかった。
そのことに気づき始めたのは3年目を過ぎてからだったから・・・。

その気持ちはよく分かる・・・。分かる・・・。

『うん。私も一時期、患者さんをみているつもりで機器にばかり目がいってた。
呼吸器のついている患者さんを4人とか受け持った日には
とにかく忙しくて、それでもなんとか、まわさなくちゃいけなくて
バイタルサインをとって、記録して、吸引して、清拭して
体位変換するだけの人になっていた時期があると思うんだ。
とにかく、こなさなくちゃいけないってすごく大変だったし余裕もなかった。
当然のことながら、配慮だって足りなかったと思う』

分かるんだけど・・・でも・・・でも・・・。

『でもさ、Hさん。ICUの全ての看護師さんがそうなのかな?
その人たち、故意にやっているのかな?
自分がそういうふうにやってしまっているということや
外から見たらっていう見え方に気づいてないんじゃないかな?
Hさんは、他の臨床経験が長いから、そういう視点に気づけるけれど
ICUの中で育った人やICUに長くいる人は分からないかもしれない。
それにね、そこのICUの人たちは全然頑張ってないのかな?
そこの患者さんはみんな不幸なのかな?そんなことないんじゃないかな?』

そんなに簡単にICUを見限らないで欲しい・・・。
そんなに簡単にICUを否定しないで欲しい・・・。
元・救命救急&ICU系の私としては、それではあまりに悲しい。

『外科での看護が全てじゃないし、ICUにはICU特有の看護があるよ。
確かに、一歩間違うと、そういう傾向で患者さんを看るようになってしまう
危険性はあると思うけれど、じゃあ、そうなってしまう原因があると思う。
Hさんは広い視点で、そういう問題意識が持てるんだから
外科ナースの経験を生かした、素晴しいICU看護を確立してほしいな』

Hさんは最後まで、私の言葉を聞いてくれました。大人ですな!

*;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:*;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:*;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:*;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:*

私が救命にいた時は
「救急のナースなんてミニドクターばっかりでちっとも看護してない」
なんて言われておりました。確かにその傾向がある人もいると思います。
でも、全ての人がそうじゃないと思います。
看護師はみんな、日々の猛烈な忙しさの中で
いろいろなジレンマや葛藤を感じながら働いています。

患者さんの訴えをゆっくり聞いて、一緒に話し合える状況があるとは限りません。
命の淵で、1分1秒の判断が命を分ける危機に直面している人がいます。
そんな中で・・・
最小限の負担でケアを行う姿が時として機械的にみえることもあります。
すごく真剣に神経を尖らせて観察をしながらケアを行っている姿は
周囲からみると能面のように見えて、感情がないように見えるのかもしれません。
張り詰めて働いている姿は、ツンツンしているという印象を与えかねません。
でもそうせざるをえない状況があります。
背景にある状況を切り取らずに、その行為者と行為の対象者(物)だけをみて
判断されてしまうのは、あまりに悲しいことだと思うのです。

それでも、その判断は、みた人にゆだねられるわけです。
特に外の人(他の患者さんや家族さん等)にそれで不安を与えるわけにはいきません。
救急やICU看護は本質は一般病棟看護となんらかわらないと思います。
でも、一般病棟とまったく同じかといわれたら、やはりちょっと違う。
患者さんの特性や治療だって違うのですから。
だからこそ、新人はリアリティーショックを受けたり
働いている人はバーンアウトする率が高かったりするのかもしれません。
そんな中で、一生懸命、患者を看ているのです。

Hさんの話を聞いていたら、また救急で働きたいなぁ・・・
今、働いたら、どんな看護ができるかなぁ・・・と考えてしまいました。
案外、こなすことに必死で、全然なにもできなかったりするのではないかと
思ったりしながら、ICU勤務をこなすHさんをちょっと羨ましいと思うのでした。

Hさんには是非頑張って欲しいと思う次第です。
貴方はすごくデキル人なのだから!

雨の季節到来

梅雨です。
雨の季節がやってまいりました。

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ワタクシ、紫陽花の葉の上に落ちるサーッという雨音が大好きです。
窓からそれをのんびり眺めていると、あっという間に1時間くらい経ちます。
たまに紫陽花の葉の上を散歩しているカタツムリがいます。
葉の下側には他の虫が雨宿りをしていたりします。
こんな様子をみていると「ああ、日本は平和だなぁ・・・」と感じます。

他の国では、今、まさに戦争の真っ只中を生きている人がいるのに・・・。
私はこんなところで、のんびりカタツムリの散歩を見ているなんて。

平和な国に生んでくれた両親に感謝すればいいのか。
平和な国に生まれた奇跡に感謝すればいいのか。
平和な時間を過ごせることを感謝すればいいのか。
・・・全部ですね。全てに感謝です。

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降ってくる雨粒はどこの海から吸い上げられてきたんだろう・・・
散歩中のカタツムリはどこに行くんだろう・・・
どうしてアジサイは群れて咲くんだろう・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ!!!
今、何にも考えてなかった!
目を開けたまま、意識がなかった???
気がついたら、また時間があっという間に過ぎていました。

時間の無駄使いにかけては、自分で言うのもなんですが天才かも・・・。
雨音はまだ続いています。

お仕事のポリシー

お仕事に対してどんなポリシーを持っていますか?

『絶対にどんな場面でも焦らず落ち着いている看護師でいたい!』
『何があってもナースコールにだけは平静に対応する!』
『薬剤準備の速さと正確さだけは誰にも負けない!』
人それぞれ、何かしらポリシーをもって働いているのではないでしょうか。

私には、見習いたい、ポリシーに据えたい仕事っぷりがあります。
それは同期ナースSさんの仕事っぷりです。
彼女の仕事っぷりは、それはそれは『優雅で美しい』のです。

忙しさを感じさせない動きっぷり。
ケアにしてもなんにしても「丁寧だな~」と感じさせる仕事っぷり。
そして「和むな~」と思わせる立ち居振る舞い・・・。
私からするとまさに「パーフェクツ★」と叫びたいくらいなのです。

Sさんの優雅さと美しさは、特に、夜勤の時に本領発揮されます。
夜勤は勤務人数が少ないですよね。
だからラウンドする患者さんが多くて大変です。
でもSさんはこんな時も大変、優雅に美しく立ち居振る舞います。

彼女の行動の全てがおそらく緻密にアセスメントされているから
できる業なのだと思うのです。

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彼女のワゴンを私は勝手に魔法のワゴンと名づけています。
彼女のワゴンはありとあらゆるものが準備されているのです。
しかもむやみやたらに準備されているのではなく計算して準備されています。

熱の出ている患者さんの体温を考慮し、氷枕の解け具合を考えて
ある患者さんの氷枕は2時間後、ある患者さんの氷枕は3時間半後に
交換しに行きます。しかも解けきれない絶妙のタイミングで。

解熱剤を使用してからの時間を考慮して、そろそろ汗をかく頃だと判断し
清拭のためのタオルや着替えをズバリ準備しています。

歩行介助が必要な患者さんの排尿の間隔などについても考えていて
ラウンドする順番を時間ごとに変えて、それに合うようにしています。
突然タオルケットをワゴンに積んでいるからなぜかと思えば
エアコン吹き出し口に近い患者さんが寒さを訴えるだろうから・・・と持っていきます。

それは看護師ならば当たり前って思うところもありますよね。
でもSさんの場合、それが通常の配慮の数段上をいくのです。

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動きの導線が緻密に計算され、様々な段取りがアセスメントされている。
そのため、Sさんの動きには本当に無駄がなくて、驚くほど効率的なのです。
余裕があるから、動きも優雅で、一つ一つが丁寧。
仕事がキレイ!そして音が立たない!
もちろん患者さんからの突然の申し出などにも動じません。
それどころか、それがまるで想定の範囲内だというように動くのです。

普段の仕事場面ではよくわからないのですが、夜勤などで
自分がフリーとしてSさんと組むと、本当にそのすごさがわかるのです。
だって、ほとんどフリーの手を必要とせずに、全てのことが終わります。
ナースコールだって、フリーはほとんど取ることがない。
Sさんがきちんと対応しているから、コールはあまり鳴りません。
Sさんがいつ来るかが分かっているから、安心しているんじゃないでしょうか。
そしてフリーに声をかけるときも、実に絶妙のタイミングでかけてくれます。
すごく仕事がしやすいのです。

仕事ができる、速いといわれる先輩ナースは上手にフリーを使います。
それはそれでとっても素晴らしいことなのです!
でもSさんの素晴らしさは、それとは違った角度の素晴らしさなんですよね。

「Sさんてね、こんな風にすごいんだよ」
そう言っていたら、友達がその働きっぷりを見て”貴婦人ナース”と名づけました(笑)

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Sさんにとって「優雅に綺麗に仕事する」ということは
ポリシーでもなんでもなくて、意識せずにできることなのかもしれません。
もしそうなのだとしたら、一体どんな風に育ってきたらああなるのか・・・。
ぜひ教えてもらいたいものだと思います。
私にはまったくもって、無い才能なので分けてもらいたい(羨)

私も、Sさんを見習って『優雅に美しく仕事する』を実行中なのですが
いかんせん、できていないというか、周りから見たら
そんなポリシーの欠片も感じられない働きっぷりかもしれません(泣)

そもそもキャラ的に「優雅」ってのに無理があるんですよねぇ・・・。
「優雅」は無理でも「美しく仕事する」は心がけていきたいなと思うのでした。

コロコロ転がる心

ある日
とある患者さんが検査を受ける受けないで病棟は大混乱。

必要な検査だったので医師をはじめ看護師も
患者さん及びご家族に一生懸命そのことを説明。
しかし・・・

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家族さん 「アンタ、子どもみたいに駄々こねてないで受けなさいよ!」
患者さん 「うるせぇ!俺の体のことは俺が決める!」
結局、検査を受けてもらえる同意は取れず仕舞いに終わりました。

数日後・・・
患者さんから「やっぱり検査を受けることにした!」という申し出が!
さっそく医師へ報告し、検査の予約を取りました。
病棟スタッフ、そしてご家族さんもやれやれと一件落着。

ところが検査前日・・・
患者さんから「明日の検査は中止してくれ・・・」という申し出が!!?
なぜか患者さんの気が変わり、検査を受けないと言い出しました。
みんなで話を聞いたり、説明をしたりしたのですが
結局申し出は取り下げられず、検査はキャンセルになりました。

しかしその2日後・・・
患者さんから「考えたんだが、今からでももう一度検査を受けたい」と!
もちろん検査は受けていただいたほうがいいに決まっていますので
再び医師に連絡し、検査予約を入れてもらうことに。そして一件落着。

でも検査当日・・・
患者さんから「今日は気分がのらないんだ・・・やめる」とのこと!!
医師を含め師長が出てきて話を聞きましたが、のらない気分の原因は不明。
ご家族は患者さんに対して怒り出すわ、検査室から嫌味は言われるわで
なんだか病棟中、不穏な空気が充満し始めました。

★  ★  ★

「もう!なんなの!あの患者さん!」
「意思が弱いって言うか、優柔不断っていうかさ!」
「患者の都合だけで振り回されたら適わないよね!」
看護師からもイライラが噴出。
けっこう大きな検査で、準備もいろいろあったんですよね。
そして説明がわかりやすいと評判の医師がムンテラをして
看護師も時間をかけて話をして、師長も話をきいていて
「こんなに至れり尽くせりやったのに、何が不満なの!」
となってしまったのです。

しかし、それを聞いて、ムンテラをした医師が一言いいました。

「コロコロ・・・コロコロ・・・転がるからココロなんだよ。
一度決断したことが絶対ではないし、変わらないわけじゃない。
転がって、転がって、もしかしたら振り出しに戻るかもしれないけど
そうやって落ち着く場所が決まるまで、転がり続けるかもしれないね。
何か自分でもわからない不安があったりするのかもしれないから
みなさんは傍にいて、転がるココロをキャッチしてあげてください」

転がるからココロ・・・。なんか納得。

その後は、その患者さんを見るたびに「コロコロコロ・・・」という
効果音がいつもついてまわるようになってしまいました。

water.jpg

あの患者さんのココロは、まだコロコロ転がっていて
落ち着きどころを探しているのかもしれません。
そして私達も、まだ患者さんの転がるココロをキャッチできていません。

検査を受ける受けないでこちらもイライラしてしまったけれど
転がり続ける患者さんのココロを
優しくキャッチできたらいいな・・・と思うのでした。

ブログと看護倫理
ethics.gif

看護師ならば
誰もが知っている日本看護協会HP。

そのHPの中に『看護倫理』というボタンがあり
クリックしていくと『看護職のための自己学習テキスト』があります。

その中の『基礎知識』の中のトピックスに
看護師とブログについての記事があり
看護職がブログを書くことについての倫理問題や注意喚起がなされています。

【専門職としての質や品位を損傷する表現や記述は避けましょう】

質や品位を損傷する表現・・・むむむ・・・
気をつけてはいるつもりなのですが、このブログ大丈夫かな?
と一抹の不安を覚えております。

自分が”看護師”であるという表記をした瞬間から、ブログは
”一個人のもの”という枠をこえて”看護師という専門職者のもの”
という枠にも位置づけられてしまうわけですね。

つまりここに書いている記事は、これを読んでくれている方からみると
「ヨヨコのブログ」であると同時に「どこかの看護師のブログ」であるという
カテゴリーに分類されてしまうということになるわけですな。

・・・もちろん、ワタクシごときのブログを見て「これが看護師か・・・」と
失望されてしまう方はいらっしゃらないと思うのですが
看護師の質と品位を損傷していたら申し訳ございません(恐)

言い訳ではございますが、このブログは一個人の色のほうが
100万倍強く出ている、医療には役立たないブログです!と
声を大にして(・・・いやチキンなので小声で)改めてお伝えさせていただきます。

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「感じる」と「考える」

大人になって社会にでると
「考える」ことばかりが優先される気がします。

考えることはとても大切だと思います。
看護においても考えることはとても大切です。
「あの患者さんのニードは・・・状態は・・・優先事項は・・・」
ほら・・・いっぱいいっぱい毎日考えて生きています。

反対に「感じる」ことはあまり重要視される場面が少なくなります。
あまり率直に「感じた」ことを述べたりすると不利益を生じることもあります。
そして「感じる」ことはなんだかエビデンスがないみたいに言われがちで
「感じる」ことよりも「考える」ことの方に価値があるように言われることもあります。

でもですね、感じることってすごく大事だと思うんです。
「考える」ことによって見えなくなるものってあると思うんです。

例えば、道を歩いている時に考え事をしていると
周りの景色って目に映っていても、認識されないですよね?
反対に、考え事などをしないで、ただ景色を見ながら歩くことで
普段気がつくことができなかったものに気づくことができることもあります。
「あれ?こんなところに花が咲いてたんだ・・・」とか。

看護も同じです。
「考える」ということは「思考する」ことです。
思考というのは自分の持っている枠組みで物事をみることだと思います。
だから、考えて見ている時はそれはそれで成果もあがるのですが
自分の持っている枠組みでしか物事を認識できないのではないでしょうか。

だからこそ、時には考えずに感じることが大切なのでは?と思うのです。
見えていなかった視点が見えたり、広がったり
思わぬ発見に繫がったりするのではないかと思うのです。

この切り替えがパッパとできるといいんですけれど。

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使っていないと「感じる」という感度センサーも鈍るんですよね。
快も不快も熱さも寒さも辛さもダルさも嬉しさも・・・いろいろな感覚器を駆使して
自分の「感じる」ことに素直になってみるというのも楽しいものです。

感性を磨くって、こういうことも含まれるんじゃないかな・・・。


余命3ヶ月の教え

ターミナル期を在宅で過ごされ、亡くなられたWさんのこと。

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外科病棟で仲良くなったWさんという患者さんがいました。
Wさんはもともと前立腺がんの骨転移で治療をしていた方でした。
私は外科病棟をやめてから、Wさんにはしばらく会っていませんでしたが
連絡が来て、Wさんのご自宅にお伺いする機会を得ました。

Wさんのお宅にお邪魔した日。
Wさんがあまりにも痩せ細ってしまっていたことにビックリしました。
2ヶ月くらい前から、急に痛みが強くなり、腫瘍マーカーも上昇したそうです。
私はどこかでWさんはずっと元気だと勝手に思っていました。

Wさんはいろいろなことをお話してくれました。

主治医から余命は3ヶ月だと宣言されたこと。
今後は痛みのコントロールのための治療しかしないということ。
最後は在宅で死にたいと思っていること。
在宅で死にたいけれど、日本ではそれがまだ難しいこと。
ましてや一人暮らしのWさんにはさらにそれが困難であること。

財産分与のためには、たくさんの専門的知識や書類がいること。
死んだら銀行口座からお金が引き出せなくなること。
だから死ぬ前に貸金庫にそれを移動しておくこと。

お墓の準備や死んだらどうするかということも
死を前にした状態で考えなくてはいけないこと。

ケアマネさんが入って様々なケアプランを提案してくれても
結局、今後の自分の生活は自分で考えなくてはいけないこと。
それを痛みのある自由が利かない身体でやっていかなけれがならないこと。

大まかなことはヘルパーさんが手伝ってくれても
ヘルパーさんによってやり方が異なることに戸惑ってしまうこと。
ちょっとしたことができないことに気づいてもらえないこと。
(大きな動作はできても、ちょっと床にモノを落とした場合など
自分で拾うことができないのです。腰椎転移があるので)
痩せ細った身体には、ご飯茶碗の重みが辛いこと。
いくら出来上がった食べ物をデリバリーされても
それを温めたりすることがとても大変なこと。
一人での食事がいかに食欲を落とすかということ。

いくら住み慣れていても、お部屋で転んでしまうのが恐いこと。
仲間はたくさんお見舞いにきてくれるけれど
「今!」と思うときや一番いて欲しい時間にいてくれないこと。
だんだん痛みが強くなること。
だんだん身体が動かなくなること。
夜・・・夜中に息が、心臓が止まってしまうのではと思うこと。

命に限りがあると宣告されて迎える夜というのは
いったいどんなものなのでしょう?
明日が保障されない夜というのは、いったいどんなものなのでしょう?

こういうときに本当に欲しいものは、お金でもモノでもないこと。
人の優しさや心遣いがいかに大きな力になるかということ。

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がんによる死亡者の増加や高齢者死亡の増加などによって
終末期医療の重要性が叫ばれ、注目され、さまざまな取り組みがなされています。
しかし、ターミナルケアは現在、よい方向に向かっているのでしょうか?
ターミナルケアはいくら理論や方法論が進化しても何故か寂しいばかりです。
スピリチュアルケア、ホスピスケア、ホリスティックケア・・・とても大切だと思います。

でも・・・私達は何か、本質的なことを見逃してしまってはいないでしょうか。
本当の核になる部分を見つめずに、来てしまっているのではないでしょうか。
日本人である私達は自分の人生の最後をどんなふうに迎えたいのでしょうか。

外国の輸入品ではなく、私達が目指すターミナルケアはいったい何処なのでしょうか。
Wさんの話を聞いていると、そんな疑問を抱かずにはいらせませんでした。
Wさんのご冥福を心からお祈りいたします。
そしてたくさんの想い出と問題提起に心からの感謝を。

ロン毛はダメですか?

メンズナース志望者くんから
「働く時は、ロン毛、切らないとダメですか?」
と聞かれたのですが、メンズナースのロン毛はダメなのでしょうか?
(・・・ロン毛ってもしかして死語ですか?!大丈夫かしら!?)

個人的には、きちんと結んでいればいいのかな?なんて思うのですが
ロン毛で結んでいるメンズナースを見たことがありません。

看護学生くんの中には、前髪ピン止め王子がいたりしますが・・・。

時代の変化、価値観の多様化の中で、ロン毛のメンズナースが出てきても
ちっともおかしくはないと思うのですが、看護をうける患者さんサイドとしては
心情的に如何なものなのでしょうか???

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ナースもナースキャップ廃止がすすみ、髪型は規制緩和されました。
感染源や業務の支障、不潔感を与えないようにすることはお約束ですが。

「ロン毛のままだと看護師は目指せないですか?」
『う~む、そもそも看護学校の実習やら演習やらでひっかかると思うけど・・・』
「きちんと結んでやればOKですか?」
『んんん~・・・きちんと結ぶっていってもねぇ・・・。
メンズが髪の毛結んでるってあまり一般的ではないからねぇ・・・』
「結構、容認されてきてませんか?」
『看護の世界は封建的だから、組織的にダメなところもあるだろうし
就職の時の面接とかで絶対ひっかかると思うよ』
「就職してから伸ばして結べばOKですか?」
『む~・・・そういう問題でもないと思うケド。私、ロン毛メンズナース見たことないし』
「男女平等ってわけではないんですね」
・・・いや、男女平等ってそういう時に使うのかな・・・?

ロン毛のメンズナースはOKですか?
(程度によるとは思うのですが・・・)
・・・何か情報をお持ちの方がいらっしゃたら、よろしくお願いします。

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ご訪問いただき有り難うございます。当ブログはナースyoyocoの日常を綴った”勝手に看護覚え書”です。ほぼ自己満足で出来上がっており、医療に役立つ内容にはなっておりません。日々働く中で考えたこと、感じたこと、そして周りの楽しい仲間達について、私的視点から描いています。興味のある方はどうぞご覧ください。

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