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ジレンマな気持ち

臨床現場には
たくさんの倫理的ジレンマがあります。
そこは正義の倫理とケアの倫理が
存在する場所だから。

ningyo.jpg

もしも
一生懸命やることで
患者さんの命が助かるのならば
力一杯精一杯!何とかしたいと考えます。

けれど
一生懸命やることが
患者さんを苦しめ傷つけるだけならば
これでいいの?本当に?という気持ちになります。

だけど
一生懸命やることで
患者さんの周りが救われると言うのならば
やらなくちゃ!がんばらなくちゃと考えます。

絶対的な正解はどこにもありません。
これは価値感の問題で、
善し悪しは一概に決められない。
だけど、矛盾を感じることがたくさんあって、
いつもどうしたらいいのかと思い悩みます。

だから
一生懸命やることが
患者さんと周りの望みならば
それがいい…それでいいと考えます。

私の価値観とは異なるけれど、
気持ちと行為は矛盾してしまうけれど、
大丈夫、大丈夫と考えます。

ningyo2.jpg


上記はなんのことを言っているの?
そう思われた方もたくさんいると思います。

これは、心肺停止で運ばれてきた高齢者に
CPRを行った時に感じたことです。

年齢的には大往生。
おそらく老衰であろう死に対して
CPRを続けることのジレンマ。

自分のおじいちゃんと重ねては
「もしおじいちゃんがこういう状況だったら
私は、おじいちゃんは、蘇生を望むんだろうか?」
そんなことをいつも考えます。

ningyo4.jpg

医療者側からみたら大往生、または老衰。
でも何を根拠に大往生か、老衰かと言われたら
その根拠はありません。

家族は生きてほしいと願うかもしれない。
患者自身も生きたいと願っているかもしれない。
医療者側が勝手に、大往生だ、老衰だと
考えているだけかもしれない。

助けられるものならば助けたい。
まったく元どおりに治ってくれるのならば。
助けられるものならば助けたい。
でも、蘇生後脳症などになってしまったら…。
そしてそこからまったく回復しなかったら…。

回復しなくても、患者さんがそこに存在することに
救われる人も、支えを求める人もいて、
回復だけがすべてではないのかもしれない。

だけど、ここ(三次救急)に連れてこられなければ
お布団の中で安らかに逝けたのではないか?

患者の望み…。
そして家族の望み…。
もっと広く周囲の人の望み…。
一緒であることもあるし、異なることもあります。

心臓マッサージの不可抗力によって
肋骨が折れる音を聞きながら
涙が出そうになりました。

ningyo3.jpg

助けたい、でもそれが本当にベストなのか?

看護師だけではなく、医師たちも考えています。
助けることと諦めることの狭間で。
そしてもちろん患者さんの周りだって考えています。
助かることと諦めなくてはならないことの狭間で。

そしてそれは…高齢者だからなのか?

高齢者医療の倫理。
難しい問題です。

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