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そんなこと言わないで…

先日、某キャリア研修に出席しました。
そこにはいろいろな病院の看護師さんたちが集まっていて
いろいろなお話を聞くことができました。
とってもとってもタメになるお話が聞けたので
すごく嬉しかったです。

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みんないろいろ苦労はあるけれど…
「患者さんにより良いケアを提供しよう」
「いろいろな医療従事者ともっと連携しよう」
「私たち自身がもっともっと知識と経験を積み上げよう」
みんなみんな一生懸命頑張っている雰囲気が伝わってきて
私も頑張らなくてはいけないという
すごく前向きな気持ちをもらうことができました。

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1つだけ少し残念だなと思ったことがありました。
あるグループの方々がこんなことを言いました。

「私たちはもっと看護がしたいのだけれど、
最近、オムツ交換や清拭といったことが多くて
介護ばかりしている気がします」

きっとものすごくケア度の高い病棟で、
やらなくてはならない日常生活援助がたくさんあって、
それにばかり追われてしまっていて
もっと落ち着いて看護がしたいという意味で
おっしゃられたのだと推察いたします。

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私は看護師が行うオムツ交換や清拭は
とても立派な看護で
決して介護ではないと思っています。
これらは患者さんの毎日を支えるとても大切なもので
決して下位に置かれるものではないと思っています。

確かに注射や点滴、カテーテル挿入介助だったり、
術後管理や退院指導などのほうが
華やか(?)で看護師っぽいと思う気持ちも
わからなくはないのですが、

でもでも、日常生活行動の援助は
看護の一番大切な部分であって、
ここを支えてこそ看護だと思うのです。

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日常生活行動の援助が
看護にとって大切なことだというのは
多くの看護師にとって当たり前のことだと思います。

「今更何をそんなことを!」
とお叱りを受けてしまうかも知れません。

でもその大切さをもう一度、
ここできちんと「声」にしたいなと思って
今回のこの記事を書きました。

日々、生きて活動すること、
それが日常生活行動であり、
看護師はそれを支える役目を持っています。
毎日の日常生活行動の援助が
患者さんの命を、生活を支えています。

誰にでもできそうなことに思えますが、
患者さんに本当の意味で適切に提供するには
実にいろいろな知識や技術を織り交ぜて
さまざまな判断をしながら行う難しい
ケアなのだと思います。

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日常生活行動の援助が
患者さんにとって心地よいものであるならば
これほど大切なケアはないと思います。

だから看護師さんたちは
もっともっと日常生活行動の援助に
自信をもつべきだと思います。

それはとても大切な看護で
むしろそれを提供できる立場であることを
誇りに思っていいと思います。

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日常生活行動の援助を
看護師が価値のないもの、低いものとして
手放すようなことがありませんように。
その価値や大切さが
もっともっと広まっていきますように。

癒しの大切さ

腰椎の骨折から早8か月が経過。
こんなに時間がたったのに、
まだ本調子に戻らない身体ちゃん。
参ったなぁ・・・と思う今日この頃です。

それでも重傷直後に比べたら、
格段に回復してるんですけれど、
どうしても「元通り」を思い描いて
良くなったことよりも、元に戻らない部分にばかりに
目がいってしまう。

いやいや、良くなってきたからこそ、
逆に元に戻らない部分にヤキモキしてしまうのかな。

まさにリハビリテーションなのですが、
「再び適した状態に」ということの難しさを
(言うは易しですが、そんな簡単なものではないな・・・と)
実感している毎日です。

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今回の骨折で、私は整形外科にお世話になりました。
整形外科の医師は、毎回レントゲンを確認してくれて、
「骨は良くなってきてます。潰れも大丈夫です」と
診断してくれました。
下肢のしびれや痛みを伝えると
「神経は大丈夫なんだけどな。様子を見ましょうか」
と毎回言ってくれました。
看護師さんも「様子を見ましょう」と言ってくれました。

それはそれで感謝しています。
きちんと診察して、診断してくれているのですから。
看護師さんも声をかけてくれたのですから。
でも、いつも何か不全感を感じていました。

骨折が一通り完治という状態を迎えた時も
下肢のしびれや痛みは残っていました。
医師に相談したら、
「そこは今回の骨折とは関係ない位置のしびれなんだよね。
筋肉の影響かな?ひどくなるようだったら、また来てください」
と言われました。
結局、しびれや痛みは残ったままですが、
骨折に対する治療は終了しました。

そのあと、自分なりに調べて、考えて、
とあるカイロプラクティックに足を運びました。

そこでカイロの先生が言ってくれた言葉が
自分にとってはとても嬉しいものでした。

「折れてしまった腰の骨を元通りにすることは
残念ながらできません。
そして残念ながら、あなたの腰の骨は
健康な時よりも、弱くなってしまったと思います。

しかし折れてしまったからこそ
姿勢に気をつけたりして生活することで、
もしかしたら、健康な時よりもよい姿勢が身について
健康な時よりも、腰に負担をかけることが
なくなるかもしれませんよ。

そうすれば、他の腰の骨が折れていない人と同等に、
もしくはそれ以上に、よい生活を送れるかもしれません。

あなたがそういう生活が送れるように
一緒に考えていきたいと思います。」

カイロの先生は、折れた部分に触って確認しながら
こんな言葉をくれました。

カイロの診察が終わった後、
なんだか安心して泣いてしまいました。
そして自分が求めていたものを実感しました。

癒し。

大丈夫だと言ってほしかった。
隣にいて、一緒に頑張ろうと言ってほしかった。
前に向かって進もうと励ましてほしかった。

支え。
励まし。
パートナーシップ。

看護の世界では当たり前だとされているもの。
リハビリテーションの世界でも当たり前とされているもの。
この当たり前が、どれだけ当たり前として
医療の現場では行われているのだろう?

忙しい病院診療の世界で
ましてや外来という場所では
そこまで手が回らなことも多いのかもしれません。

ましてや私は「成人期」。
一見、自分のことは自分でできていて、
不安を抱えているようにも見えなかった・・・。
腰は痛くて、足はしびれていても、
独歩で受診し、淡々と自分の症状を伝え、
医師の話を理解して、
病気に対しての受け止めや対処が
自己処理できているように
みえていたのだと思います。

でも、そんな「成人期」の人であっても
実は不安で、癒してほしいと思っている人が
もしかしたら相当数、いるのかもしれません。

だからこそ、看護師さんには癒しを与えてほしい。
そんな「成人期」の人に対しても、
受容、共感、支え、励まし、癒しを
ともに歩もうというパートナーシップを
発揮してくれたらいいなぁ・・・と
自分を通して、初めてリアルに感じました。

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癒しの大切さ。
自分が患者になって
さらにさらに実感しています。


2015

明けました2015年。
おめでとうございます。
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昨年はちょっとしたアクシデントがありまして、
1ヶ月半の寝たきり生活を経験しました。
いまだリハビリ中です。
人生何が起こるかわかりません。

でも積み重ねてきた自分の上に
このアクシデントがあったのならば、
このアクシデントも積み重ねの1要素。
自分を積み重ねる要素が増えたのだと思って
前を向いて頑張ろうと思います。

アクシデントについては
患者体験学で語りたいと思います。

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ご訪問いただき有り難うございます。当ブログはナースyoyocoの日常を綴った”勝手に看護覚え書”です。ほぼ自己満足で出来上がっており、医療に役立つ内容にはなっておりません。日々働く中で考えたこと、感じたこと、そして周りの楽しい仲間達について、私的視点から描いています。興味のある方はどうぞご覧ください。

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